column 日々、思うこと separate

2024.04.01

コラム

虚実の狭間

工業デザインの仕事をしていると嘘をつきたくなることがある。
猛烈に嘘をつきたくなることがある。

嘘をつくといっても自分の利益の為に誰かを不幸にするような嘘ではなく、
感情のままに行動する子供が
思わず口にするような素朴で頭の悪い他愛のない嘘だ。

具体的には
機能的に必要ないのにオートバイにジェット戦闘機のようなインテークをつけたり、
敵機のレーダーに捕捉されないようにする与件など無いのに
車の外観をステルス造形にするような、
ある種の嘘が入ったデザインを提案したくなるのだ。

嘘を許せるか許せないかは人それぞれ。
ミラーレスのデジカメなのに、ペンタプリズムが搭載されている風のデザインを貴方は許せますか?
水冷バイクなのに、まるで空冷エンジンのような嘘の冷却フィンがあるのはどうでしょうか。

デザインで嘘をつきたくなる時に
自分は近松門左衛門の虚実皮膜論を思い起こす。
人間が生み出す芸の真骨頂は、シャボン玉の内側と外側の狭間のような
虚構と事実の極めて微妙な境目にこそあるのだという。

露骨な嘘は論外だが、嘘が皆無なのも粋では無い。
願わくばデザインにおける虚と実の精妙な境目を極めてみたいものである。

( プロダクト動態デザイン部 マスターデザイナー 吉田 聡 )