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2023.04.17

GK Base Salon

GK Base Salon Vol.7 2023/04

弊社と親交のある方を創発スペースにお招きするGK Base Salon。

今回のゲストは、武蔵野美術大学教授の小林昭世氏にお越しいただき、デザインに関する過去から現在、そして未来について伺いました。その模様をお伝えします。

—— 本日はお越しいただきありがとうございます。先生はデザイン研究の分野で幅広く活動されています。また、現在は日本デザイン学会会長の要職も務められています。GKの中には教え子も多く在籍しており、今回のサロンを楽しみにしていました。本日はよろしくお願いいたします。

今日はお招きいただきありがとうございます。私も楽しみにして参りました。

—— まずは、GKとのご縁について教えていただけませんか。

私が所属している武蔵野美術大学基礎デザイン学科は、50余年前に創設され、それ以降向井周太郎先生が長く尽力されました。その向井先生と榮久庵憲司さんとはとても仲が良かったと思います。JETROで最初に海外に派遣される際にもお二人が選出され、榮久庵憲司さんはアメリカへ、向井先生はドイツへ留学されました。ご自宅も近かったので頻繁に交流があったそうです。基礎デザイン学科の創設当初は、GKから講師等、基礎デザイン学科の教育に支援いただいた経緯もあり、古くから接点がありました。

—— GKはバウハウスの流れを汲んでいるところもあれば、榮久庵さんのアートセンター留学のように、欧米両方からの影響を受けつつ、日本の文化を大切に紡いでいった歴史があります。GKに限らず、今のデザインを取り巻く状況とご自身のお考えについてお話しください。

デザインや日本の経済について危機感を持っている人は多いと思います。昨年、デザイン学研究の特集号でインタビューを受けた際に、「デザインについて憂いていない」と述べました。この言葉は、自分がこれまで行ってきた研究や仕事と関係があり、どのような分野でも食べていける、といった気持ちが背景にあります。これまで、デザイナーの仕事とは一般的に思われないような仕事を依頼されたこともありますが、どのような仕事に対してもやりがいを持って取り組めると思います。

—— 「デザインについて憂いていない」という言葉は、混沌とした今の時代にあって、現場で働く我々デザイナーの背中を押していただいている思いです。どのような考えがあるのかもう少しお聞かせください。

その質問については、デザインの歴史から振り返りたいと思います。

今から100年ほど前に、ワイマールにバウハウスが誕生しました。その時代、デザインと建築、あるいはデザインと工芸という存在は近いものではあるものの、そこには違いがあります。デザインは発生と同時にイギリス社会の変化や、ドイツの場合にも20世紀の社会環境の変化や産業界に変化と立ち会ってきたという歴史があります。デザインが成り立つバックグラウンドは、建築や工芸とは異なり、社会の変化と密接に関わってきたということです。

また、ちょうど100年前は、二つの世界大戦の間という大きな社会の変化の中で、経済学者のシュンペーターが「新結合」という考え方で組織や技術のイノベーションが重要であると示しました。そうした社会変化を背景にしながら、造形について取り組んでいった時代だと言えます。デザインは、もともと社会の変化を背景に成立したのだと思います。

—— デザインは、建築や工芸とは近いようで背景が異なるということですね。

そうです。

「デザインに対して憂いていない」という言葉の前提として、「デザインに対して問いを立てる」ということが最も大切だと考えています。難しいことを考えるということではありません。例えばマーケティングを例に挙げると、最初の段階は作れば売れる、その次の段階は、需要が飽和しているため、理念や価値観を差別化したり、ブランディングを行うといった段階に移ります。その次の段階では、何をやっても売れなくなるという、この20年ほど日本経済が直面しているような段階があります。その段階になると、自分自身が変わる、もしくは組織を変えるといったことで出口を見出します。

よって、「デザインに対して問いを立てる」というのは、市場に閉塞感がある際に、何か良い道を探したり、自分自身に疑いを持って、自分自身を変える際に有効な考えだと言えます。もちろん、さまざまな要素が絡み合うのでそう単純ではありませんが、問いを立てることで前進することは多いと考えられます。

——その「問いを立てる」という考えがデザインにどのように関係するのか教えてください。

かつてパラダイムシフトを提唱したトーマス=クーンという哲学者がいました。そのエッセイの中で、次のように述べています。「社会は変化している。昔だったら自分達が乗っている船が壊れたら修理をしなければならなかったが、今の時代は船に乗りながら修理しなければならない」。デザインに置き換えると、デザイン活動を行いながら組織自体を変えなければならない、と言えます。

また、今の時代は、自分自身が変えなければいけないという意志よりも、変わらざるを得ないという状況も考えられます。そのための「問い」は今のままでいいのかという、自分自身に疑問や批判を投げかけることですが、このことは自分を否定することではありません。

——バウハウスやロシアアヴァンギャルドの時代から100年を経て、今我々が生きている時代も同じような社会課題を抱えているように感じます。また、シュンペーターの時代と同じように、新結合の考え方が時代に合致しているようにも感じます。やはり歴史から学ぶことも多いのでしょうか。

はい、多いと思います。

シンギュラリティという言葉があります。この言葉は、結節点から何かが生まれてくるという考え方です。ある時点が他の時点とは異なり、次の時代に影響を与える、など重要性を持つことだと思います。例えばバウハウスも14年ほどでその歴史を終えていますが、第一次大戦と第二次大戦の間の短い期間は文化的にとても多産でした。社会や文化が大きく変化しました。そこで新しい教育、教養が求められました。

「デザインに対して憂いていない」という考えは、デザインに関する組織と個人の活動、今までのやり方が保証されるということではなく、学びながらデザインのテーマや対象、方法、組織を過去にも、今後も変化させていくことだと捉えることができます。

——デザインという領域自体が広がっていて、GKメンバーの仕事自体も多岐に渡っています。以前先生から、デザイナーという肩書きがついていることが重要ではなく、どのような分野においても、デザインの考え方を実践できる人がデザイナーだという言葉が印象に残っています。デザインの領域自体が大きく広がっていると捉えて良いでしょうか。

デザインの仕事は広がっていると思います。また、活動の種類自体も変化してきていると考えられます。

例えば私が所属している学科でも、例えば「絵本を作りたい」という学生がいて、自分で絵を描いて文章を描いて、出版して、できればそれだけで生活したい、という人に対しては憂いていないとは言えません(笑)。絵本を作れる能力があるのであれば、例えば学習教材を作る、ユーザーインターフェイスを応用するといった仕事にその能力を活かす等、様々なニーズに応えられる機会があると考えられます。もちろん、学習教材の仕事を担う際には、自分が望む絵本作家という肩書きではないかもしれませんが、やってみると楽しさややりがいも感じられるのではないかと思います。

——デザインの分野や仕事の中身が多岐に渡る中で、モノなのかコトなのかの違いはありますが、別な切り口としては九州大学の古賀先生が述べているdesign 3.0という、必ずしも事業とは直接関係のない概念、あるいは哲学として捉えるデザインも重要だという考え方もあります。

広がっていくデザインをどのように捉えるかについては、様々なアプローチがあります。例えば、文化人類学や生命科学の専門からは、大きな視点を持つことが得意な研究者が、デザインを研究対象にすることも多くなっています。Co2の問題は、技術的、デザインからの提案ばかりでなく、地球の歴史のような大きな視点からの批判も必要になると思います。デザインの領域が広がれば、他の領域との交わり方も重要になります。

——様々な分野と交わる中で、我々GKメンバーも期待が大きい反面、デザインを取り巻く未来がどのようになっていくのかという不安もあります。最後にその点についてお聞かせください。

未来のことは分からないことが多いですが、おそらく常に変化しながら新しい目標を見つけることが大切なのではないかと思います。その目標は一つではなく、うまくいかなかった時の補償を考えて二つ、三つの代替案を準備するのが計画として普通でしょう。

デザインには答えがない、という捉え方もありますが、複数の答えがあるという捉え方もできます。先行きが見えない未来に対して、その考え方の方が柔軟に対応できるのではないでしょうか。

デザインは、「その時代を移す鏡である」と位置付けられることがあります。デザインを取り巻く先の見えない時代であるからこそ、過去から学び、現在を俯瞰することが大切だと感じた貴重な機会でした。

インタビュー当日、GK Baseで観覧していたメンバーからも多くの質問がありました。その質疑応答について次回報告いたします。

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インタビュー 記事:井上弘介

写真撮影:川那部晋輔

全体サポート:菊地創 / 加藤美咲

 

  • 取材当日は、新型コロナウイルス感染防止対策を施した上で実施しました。