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地味なモデルを語る

~ヤマハ発動機 2号機 YC-1、3号機 YA-2について~

【 1956年  YC-1 】
 
ヤマハ発動機はYA-1よる2輪事業への参入翌年には、上位機種となる排気量175ccのYC-1を登場させました。因みにYA-1やYC-1などの機種名には法則があり、50ccはF、60ccはJ、90ccはH、125ccはA、175ccはC、250ccはD、350ccはRというように、1970年頃までのモデルは数字の表記が無くても車名から排気量が分かります。
 
YC-1では、市場参入時の習作とも言えるYA-1からデザインが全面変更されました。レースを席巻したYA-1でしたが、当時の販売の主戦場は物を運ぶ実用車だったので、実際の使われ方や道路事情を考慮した対策と考えられます。
 
スポーティなパイプフレームに替わって、当時業界の主流であった、量産性とコストと堅牢性に優れたプレスバックボーンとなっています。同様にフロントフォークもボトムリンク式が採用され、大きくイメージを進化させました。フェンダーは泥除け性を考慮した深い形状ながら、優美さを感じさせる造形に仕上がっています。
 
思わず唸らされるようなタンクの塗装とメッキとの2トーンのバランス、それに調和するシートのフォルムはさり気なくライダーを包み込むかのようにエレガントです。またエンジンからフレームへの繋がりには如何にもデザイナーらしい主張を見て取れ、創造の世界へ解き放たれた担当者の意欲と造形力を各所に感じさせる作品と言えるでしょう。
 
得もいわれぬ濃厚なグレーとマルーンのコンビネーションによるカラーリングもまた、YC-1の大きな特徴となっています。このグレーには逸話があります。当時GK(Group of Koike)メンバーが師事していた東京芸術大学の小池教授が「車体色はシャンゼリゼの濡れた舗道のイメージだ」と方針宣言しました。しかし誰もパリなど行った事はありません。この時彼は、「カラーを考えるとは、如何に頭の中でイメージを膨らませられるかだ」と伝えたかったのでしょう。パリのそれもシャンゼリゼの雨に濡れた舗道だからこそ、この色が生まれたに違いありません。
 
そしてこの背景には、数多くのフランス映画が封切られシャンソンがラジオやレコードから普通に流れる、当時の日本の日常がありました。私もシャンソンのレコードをよく聞いたものです。シャンゼリゼは誰もが映画を通して観ていたので、GKとヤマハの間でもイメージが共有できたのでしょう。そしてポイントは、彼らの観ていた映画が白黒だったことです。これ程洒落た配色の実用車は世界にも例がありません。
 

 

【 1957年  YA-2 】
 
優雅な流線型のYA-1やYC-1から一転し、逞しさを感じさせる角断面基調へと変化しています。軽快でありながら力強さを感じさせるユニークなスタイリングで、モーターサイクル初の「グッドデザイン賞」を受賞しました。「スポーツのヤマハ」と「デザインのヤマハ」というイメージがこうして確立し始めます。
 
GKインダストリアルデザイン研究所は設立当初からドイツのバウハウスに代表されるモダンデザインに大きな影響を受けています。YA-1がレイモンド・ローウィなどのアメリカのストリームラインに影響を受けたなら、YA-2はバウハウスの影響を受けたと言えるでしょう。
 
角断面を用いた簡潔で明快な造形からも、そのモダンデザインの主張が窺えます。禁欲的なグレーの車体色、そこに赤の音叉マークがセンスの良いワンポイントアクセントとして配置され、絶妙に洒落た印象にまとまっているのには恐れ入ります。プレスフレームは塗装面積が大きいので色は重要な要素ですが、当時の他メーカーは黒ばかりで、このように絶妙な色使いは珍しい存在でした。
 
多くの人々から「デザインのヤマハ」と評されるようになった過程についてはスポーツモデルを語る機会に譲りますが、その基盤となっていたのは実は地味な実用車であり、それが市場の人々に浸透していったのです。
 
速さやスポーツ性で語られることの多い2輪デザインにおいて、このような実用車にはまずスポットを当てません。こうした機会が無ければ、YC-1もYA-2も知られることは無さそうなので記すことにしました。モノづくりの歴史を認識するに当たっては、ジャーナリストも含め文化的な見識を持って臨んで欲しいものです。
 
ヤマハ発動機が創業後僅か数年で、一気にデザインレベルを上げたこの高まりには凄みすら感じます。多くの方々に磐田市にあるヤマハコミュニケーションプラザで現物を見て感じ、学んで欲しいと思います。歴史は多くを教えてくれます。GKとヤマハの先人の熱意と執念に対するリスペクトを込めて、今回は2つの地味なモデルにスポットを当ててみました。
 
( フリージャーナリスト 一條 厚 )