講演

風のデザイン
伊坂 正人  インダストリアルデザイン/静岡文化芸術大学教授・日本デザイン機構専務理事


 お疲れだと思いますけれども、"My lecture is a finish lecture but I'm not Finish." このジョークで元気になっていただけたでしょうか?。それでは「静けさのデザイン」ということで話を進めます。
 今日は、この静けさのデザインということを、風ということをキーワードに少しお話をしてみたいと思っています。題して「風のデザイン」。その前に、前半の基調講演の中にこの静けさというテーマがなぜ出てきたかという話はすでに出てきましたが、ここで「今なぜ静けさか」というのをちょっと定義づけてみたいと思います。
 自然と人口の間の、距離が大きく離れた現代にわれわれは生きています。あらためて、この自然を感じる一つのメディア、窓として、静けさというものがあるのではないかと思います。さて、こういう前置きをした上で、身の回りの自然の一つ、風というものに着目してみたいと思います。ちょっと大袈裟ですけれども、人間は風と共に生きて来ました。当然です。風は空気が起こすもの。空気がなければ人間は生きられない。空気と共に人間は生きてきた。ゆえに人間は風と共に生きていたという事が言えるわけです。
 先程、島崎先生のお話の中に日本の地図がございました。ご覧のように日本は南北に細長い国です。この日本の細長い国の中央に、背骨のように山脈が連なっています。この海と山の間に、日本の国土にさまざまな風が吹いております。右側の図は風の強さを表した地図です。青い部分というのが風速四メートル以下、赤が八メートルから十メートル、いうようなことで、暖色系のところが強い風が吹いているところです。この中でさまざまな風にまつわる文化、営みというものが行われてきたわけです。言ってみれば、風をデザインしてきた歴史というものがわれわれの中にあるわけです。

 これは有名な絵ですが、この中に、右側に風の神様というものが描かれています。雷、それから風というものを神として、いってみれば畏れてきた。そういう絵ですが、この中で描かれている風神、風の神様。こうした風に対してわれわれは風をコントロールし、風を使ってきた歴史があるわけです。防風林などは、一つの風をコントロールしてきた結果一つの景観、風景を作り出してきたものになるわけです。
 住宅地の中にこういう生垣というのを見受ける地域があります。これは風の強い地域、こういう植栽を家の周りに施して風を防いで来た。これが一つの住宅地の風景、景観を形成してきている。最近はこういう風景も、この生垣を維持するのが難しくなって、だんだん消えていってるっていうのがちょっと悲しい状況ですけども。また、風は海岸線、砂浜にこういうような風紋と呼ばれる造形物を作り出しています。日本の中に、こういう風紋が作られている観光地というのが随所に見受ける事ができるわけです。
 さらに風で遊ぶ文化、これも日本の各地に凧揚げという文化があります。これ、後で紹介しますけれども、浜松という都市で行われている凧祭の風景で、畳一畳ぐらいの凧を揚げて闘わせるという壮大なお祭りです。
 一方で、今、自然の持っているエネルギーというものが注目されているのはご存知だと思います。ここにあるような太陽光エネルギーといったような自然のエネルギーというものを、こういう、環境問題を大きく抱えた地球の中で見つめ直さなきゃならない時代に来ているわけです。風もそのエネルギー源の一つとして、風力発電というものが世界各地で建設されています。この風力発電というのはどんどん大型化してきています。当然、風、自然のエネルギーを使って電力を得るという合理性を追求していくと、風力発電自身は大きな存在になってくる。日本の各地で自然景観の中にこうした大きな風力発電機というものが建設されてきております。それから、世界でもいろんな地域で建設されていて、現在こういう大型化した風力発電、もちろん自然のエネルギー利用という面では非常にいいんですが、これが風景として望ましいかどうかっていうのが、いろんなところで論議されています。
 ご覧のように、非常に大型化したものが、ある意味じゃ風光明媚なところに林立されて、自然のエネルギーを得ようというような動きになってきているわけです。これは、いってみればわれわれが風という自然の中で、特に強い風を治め、利用してきた歴史、その結果先程あげたような防風林ですとか、大型化する風力発電器といったようなものが登場してきていることになるんではないかと考えております。

 そこで、弱い風も使えるんではないかということを今考えております。日本の風鈴はそよ風、わずかな風を受けて、心地よい音を夏の暑い中に、爽やかな風が吹いた時にチリリンという音がするというような道具として登場して、現在も使われているわけです。こういったような弱い風を生活の中にもっと生かす事ができるんではないだろうか。生活に身近な自然エネルギーとしては、これは太陽熱、太陽エネルギーを使ったものがどんどん登場してきて、皆さんの生活の中に生きていると思いますけども、こういったような動きと似たような、静かな風というものを考えてみたいと思いました。
 私は、ここから新幹線で二時間程離れた浜松という都市の大学で教えておりますが、そこは、この地図でいうと名古屋に近い地域で、先程の風の状態を示す地図でいうと青い風が吹く、青い風が吹くというのは風速四メートル位、もう少しシビアに言うと三メートル前後の風が吹いている地域ですけれども、吹く季節というのが冬です。冬場の乾いた風、日本語ではからっ風というんですが、乾いた風というのは体感温度を低める、厳しさをより増す風になっているわけです。そういう風が吹く地域に、先程の凧揚げの文化ですとか、生垣の文化といったようなものがあったわけですけれども、ここに注目しまして、大学の教員の仲間、学生、それから地域のベンチャー企業、市民たちと風プロジェクトというものを起こして検討しております。これは、浜松というドライな風が吹く地域のアイデンティティというものを、プロダクトと、それからメディア、さらには空間、そして文化という側面でデザインのアイデンティティとして検討出来ないだろうか?ということです。では、実際にやっておりますその一部を少し紹介したいと思います。

 これはその中の小さな風力発電器を使ったデザインです。そこで使っておりますものは直径二十センチの風力発電機です。これで何ができるかっていうと、三ボルト位の発電なんですね。三ボルトの発電っていうと、今電池でいえば指先に載る位の電池があるわけで、この微弱な電気を起こすのに、この直径二十センチのプロペラを持った発電機といえども、ちょっと大袈裟かもしれませんけども、こういうものを使って弱い風を受けて弱い電気を起こすと何ができるんだろうかという事を、先程言ったようなチームの中で考えております。
 いくつかのプロダクトの展開というのが考えられました。生活に身近な風力発電機器ということで、これは仲間の教員が作ったものです。先ほど言った、弱い風を受けて光る照明器具。風の強さに応じて光の輝きというのが変化するという、一つの自然を光としても感じ取ることのできる発電機を使った照明器具です。さらにそういうものを展開することで、街路灯といったようなものも考えました。これは同じ仲間の教員が作ったもので、実際に屋外に置くことで、一つの街路灯として機能できるものです。
 これは先程言った二十センチ、直径二十センチのプロペラよりも一回り大きい直径三十センチのプロペラを使ったものですけれども、街路灯として機能できるものができるわけです。こういう風、先程例に出しました風鈴というのは、目に見えない風を一つの形にして音にするというようなものです。風をビジュアルに置き換えることができる。
 これは学生の作ったもので、まだ造形的にはこなれていませんが、プロペラに赤い光を当てるとプロペラ自身が色の原理で、よくご存知のようにまあるく光る。まあそれは、一つの警告灯に使うことができるんではないかというものです。そして、これもやはり学生が考えた街路灯。次に、これも学生の作ったものですけれども、ラジオです。このラジオを作った学生は、作り終え、外に持ち出して風が吹いた時に“あっ、鳴った!”と大声を上げました。そして次は、風が吹くと赤い炎のように光る一つの道具です。こういったようなものを作り終えて、外に持ち出して、彼らが何を念じたかというと“風よ吹いてくれ”ということを念じる。つまり自然に、自然に対する願いというものがこういう道具を通して、道具のデザインを通して感じ取っている部分があるんじゃないかと思うんですね。一方、風が吹かなくても、自分で風を起こしてみようや、っていう学生もいました。走れば風が吹くっていうんですか、相対性原理の話ですけれども、こういったような風を体感する道具というのもあるわけです。
 こういうような、ほんのわずかな風といったようなものに着目するデザイン。まあ風自身、自然の脅威として、まさにノイジーな風もあれば、こういう静かな風の領域もある。こういう静かな風の領域というものをデザインを通し、道具作りを通して、自然に対峙する人間といったようなものを見つめ直す。こういう方向の中に一つ静けさのデザインっていう生き方もあるんではないかと考えます。私どものプロジェクトは、まだ継続的に進めておりますけれども、一つの結果が出ましたので、今回のシンポジウムに合わせてお話しさせていただきました。
どうもありがとうございました。



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