講演

フィンランド、ヘルシンキ市アラビア地区再開発
マッティ・ラウティオラ
フィンランド建築家協会 会長



はじめに
 この文は、2001年4月5日、美しい桜が満開の素晴らしい町、松崎町で開かれたシンポジウムでのプレゼンテーションにもとづいている。主にヘルシンキのアラビア地区開発計画についてである。 私は日本の町での経験が乏しいので、日本とフィンランドの比較をすることは非常にむずかしい。相違は人工的環境、市街地開発の社会的方法、意志決定における価値観等を反映する文化的特徴にある。したがって、一般的に興味のもてることと、ヘルシンキのアラビア・ウオーターフロント地域における独特の状況の説明に焦点をあてることとする。時間が限られているので、アラビア地区の概況とフィンランドの市街地計画のおよその方針を説明する。いずれにせよ、明らかに都会の論理に違いがあるにせよ、人々のさまざまな文化的変遷のありかたや、コミュニティーの物理環境の形成方法や、現在の社会の利点や弱点の将来の対応方法を知ることは非常に興味深い。
old town
背 景
 1550年、広大な渡り鳥の生息地、渓流、岩などのある美しいヴァンター川の河口に、スエーデン国王クスタ・ヴァーサの命によってヘルシンキが開かれた。当時ヘルシンキは数家族が住む寒村だった。
 100年後には、住民は海岸線をさらに移動していった。社会の工業化とともにウオーターフロントは全体的に、水上交通を通じて工場や倉庫になっていった。1847年、アラビア地区に最初に出来たのは、ブロ−ド生地工場だった。それは工業生産を開始して以来、今も操業している。他の工場が移転したり、閉鎖したり、新たな産業に変わる間、最も有名なアラビア製陶は現在も力強く操業している。この国の全般的な現状を実はよく反映している。ウオーターフロントの古い建物は初期の機能を失っていて、問題を提起するとともに、市当局が下町周辺の密度を高めたり調整したりする、新たな可能性をも生じさせた。
 この地域は東部ヘルシンキのウオーターフロントの緑の首飾りと呼ばれる自然景観の中にある。一方、アラビア地区の状況は専門家が集まる首都圏の一環だとする考えがある。これらは、西のオタニエミのヘルシンキ科学技術大学に発し、ヘルシンキ中央のヘルシンキ大学、アラビアのヘルシンキ・美術デザイン大学、そして最後にアラビア地区の北西ヴィッキの生化学研究所に至る。新たな市街地が美術デザイン大学の周辺に建設されようとしている事実が、このシンポジウムでこういった例を説明する理由だ。この街の内容を説明する貴重な機会を提供されたことになる。
Arabia poster
フィンランドにおける市街地計画
 フィンランドにおいては、土地が私有地であっても、また公共組織のものであっても市街地計画は市の行政機関の専権事項だ。計画はしかしながら、慎重な民主的運営方法で行なわれ、市行政機関による民主的な組織の決定事項になる。基本的に計画は、地域計画、基本計画、ゾーニング計画、そしてしばしば身近な環境を定める建築計画といった階層的な仕組みをもつ。建物の型と質も市の建築条例と州の基準によって定められている。建築設計を、監督局に提出し許可がおりてから工事に着手できる。
 普通は、計画は市当局から提出されるが、近年ますます、民間の地主の主導になっており、しばしば単なる民間の投機が動機になっているかまたは、住宅政策や経済開発政策に基づいた公共の住宅建設組織による。

アラビア地区開発計画とその経過
 アラビア地区計画は国家的な通常の枠組みとは大きく異なっている。それは世界的に見てもかなり珍しい。計画の方法そのものは公式な法規に従っているが、計画の主旨を徹底させるいくつかの要素が加わっている。
 この地区の開発の目標は、基本的に文化的な意味合いのもので、投機や住宅政策にはもとづいていない。その他すべての局面は文化的な脈絡で支配されている。もともとの計画はメディアとデザインの専門センターをつくることだったが、初期から美術と建築も取り入れることに展望が広がった。この街の住民構成は広範な社会的多様性を反映していて、市の中心部とも有機的につながっている。
 内陸へ入り込んだ列島のような地形は、自然と野鳥保護区に近いということで貴重だ。したがって、計画の段階では格別に注意深く自然条件が検討される。この結論は無条件に市街地計画にもりこまれる。
Plan
手順の要素
 進行段階は、広報や、前衛的で創造的な、革新的内容の実施要素で裏打ちされている。
 ヘルシンキ市が土地の殆どを所有しているので、建設組織は市が運営している。所有権によって、いろいろな施主や開発業者などに使わせる場所の公共性が、契約条件のもとになる。素晴らしいことは、建設費用の2 % を美術またはデザインにあてるという原則であり、コンペティションの対象になることだ。この地区に入ろうとする建設業者や施主は、その建設計画に関して建築または何か革新的なアイディアで競合しなければならない。場所は最も優れた提案をした者に与えられる。この地区に本格的な専門性をもたらすために、アーティスト、デザイナー、建築家、およびこの地区の運営者をつなぐ美術連繋計画もある。
 上記に加え、この地区の鍵になる組織は例えばADC ヘルシンキのように、創造し連繋するための知的な基盤構造、高度の情報網などをつくり、革新的な運営方法とサービスなどを行なう、大学が創設した協同開発会社がある。
 住居研究と開発プログラムは未来の家に住むことについて研究する。学際的で横断的な構造のプログラムは、さまざまなプロジェクトの関係者の研究を実現する。
 DESIGNIUM はデザインを生産に変換するために設立された。ARABUS は特化された起業支援組織で、新興事業家がそのノウハウを事業に転換できるように、場所を与え指導する。

内容の構成要素
 ここでは、教育機関はこの地区の住民が文化を生産し消費する、新しい文化センターになる。大学は既にLUMEと呼ばれる優れたメディアセンターをもっている。大学の近くには、視聴覚カレッジと視聴覚職業訓練学校がある。プロ・ジャズ・カレッジはすでにアラビア地区の古いテナントで、この地区の音響的風景に貢献している。
 その他現在、科学技術博物館とアラビア工場博物館は、この地区への訪問者にとって文化的役割を果し、大きな魅力になっている。市当局と大学の収集物により、将来の博物館センタ−と私立図書館が目論まれている。
 この地区の中心は、異なる分野の美術、メディア、デザインを行なう多くの創造的で革新的な企業からなっている。何十という会社がすでにこの地区に入っている。

College
結論と結果
 工事は向こう12年以内に完成する。工事が完成してゆくのを見るのは、わくわくすることだが、さらに興味がもてるのは、新しい街が、この計画が目ざす生活にどのように役立ち始めるかである。内容は、24時間暮らす人々がいることと全住民に提供できる多様なサービスが、活き活きした街と高い質の都会性を保証することだ。
 それはまた、新たな生活様式、移動のしやすさ、自然発生的な公開討論、そして地域に密着した高い社会的密度をつくるはずだ。そのことは、すべての参加者、参加者のグループ、いろいろな人生の段階にいる人々が、利用しやすいということを意味する。 創造的な街は、複合的文化と革新を促進する。視覚的で近付きやすい内容があり、活動しやすく開けた街は、人々がこれを最大限に活用することを促し、同時に民主的な参加を促進する。
 文化的展望をもった市街地計画が成功するかどうかは、時が証明するだろう。相互に提供する確実なエネルギ−や社会の様々な分野からの多くの協力者により、全面的な研究と革新の努力や、その周辺の実験的プロジェクトが実現するだろう。最もうまくいった場合は、文化的方向付けと都市計画の現代的ノウハウの融合の例として他の都市のモデルになるだろう。

これらのことがどのように静寂とかかわるのか
 このプレゼンテーションのもとの考えは、必ずしも静寂の考えとは結びつかないが、とりわけこのシンポジウムのさまざまな参加者によるプレゼンテーションや討論の後で、しかるべき結論づけはできるだろう。
 アラビア地区は、本格的な自然の地域を利用する。何時もそこにある美しい自然と渡り鳥の遠い旅への配慮は、世界規模の生態システムや文化につながる、そしてそれは、人類の 心に静寂と平穏を与える。一方、自然の文脈は、基本的に人間の文化的志向を裏打ちする。文化は事柄がゆっくりと持続する状態だ。それは、走り回る子供達の中に、花のように育つ命の価値を理解し、見守り、微笑む、母親に擬することができる。
 静寂または喧噪に関連して科学技術と文化の関係を研究するのは興味深いことだ。音響的心象はグッドデザインや緻密な科学技術を利用してつくりだせるのか。少なくとも、都市を考えるとき、我々は静寂のロマンティックな考えかたを吐露するようになる。忙しさ、騒がしさ、不安、プライヴァシーのなさ、などでいっぱいの今日の都市ではそれは重要なことだ。このことは我々の今後のシンポジウムの課題になる。

2001年 4 月5日松崎町におけるプレゼンテーション


事務局
日本フィンランドデザイン協会 (Japan)
東京都港区南麻布3丁目5-39 フィンランドセンター内
連絡先 : 株式会社 GKグラフィックス内
telephone:03-5952-6831 facsimile:03-5952-6832
e-mail:jfda@gk-design.co.jp


戻る