講演

フィスカルス − 息づく鉄工所跡地、アーティストのコミュニティーと風景の魅力
アンティ・シルタブオリ
フィンランド工業美術協会(Ornamo)会長



 まだフィンランドがスウェーデン王国の一部だった350年ほど前、一つの鉄工所がフィスカルス川の岸辺に建設されました。南フィンランドのフィスカルスは、ヘルシンキの西およそ100キロのところにあります。溶鉱炉や鍛造の動力源には川を利用し、鉄工所の稼動に不可欠な木炭は、今でもこの地域のかなりの部分に広がっている森で調達されていました。
1818 年に建てられた銅鍛冶小屋と職人
 今日、フィスカル社は、西半球で活動する工業企業のなかでも最も歴史の古い企業の一つで、今でも鉄や鉄鋼を製造していますが、製品として一番有名なのはハサミとガーデニング用品です。同社が活気のある企業であることは、世界をリードするハサミのメーカーとして活躍していることでも実証されています。国際化にともない、フィスカルス社は生産基地を多くの国々に広げ、その結果、古く、時代遅れとなった鉄工所の施設は利用されなくなりました。しかし、1980年代にフィスカルス社が工場を閉鎖すると、地域の人口は減少し、その結果、家は住人を失って空き家となり、商店は閉められ、地域の小学校でさえ閉鎖の危機に瀕しました。
カミラ・モーベルグ作ガラスの花瓶
 しかし、1993年、このような事態に一大転機が訪れました。バルブロ・クルヴィク、アンティ・シルタヴオリ、ティモ・ヴェサラ、カリ・ヴィルタネンの四人のグループが、デザインや応用美術に関連した展示会活動をフィスカルスで始めたのです。フィスカルス社は、展示会の主催者に、18世紀に建設され、銅の作業場として使われていた建物の利用を許可しました。  新しいミレニアムが幕を開けた現在のフィスカルスは、新しい住人を迎え、サービスも絶えず向上を続ける、光りあふれる生活の場となりました。ここで夏に開催されるフィンランド屈指の展示会は、わずか数年のうちに、定評のある伝統行事となりました。
アネリ・サイニオ作、陶の皿
この歴史的な鉄工所は、今や、職人やデザイナー、アーティストたちが集う、国際的でユニークな共同体となり、彼らの仕事場にもなっています。しかし、このような新しい活動の波にも関わらず、フィスカルスはその文化的な価値とユニークな特性を保ち続け、今やこの鉄工所は、屋外美術館となっています。

1898 年に鉱滓レンガで建てられた
印象的な2階建ての製鉄所
 文化的遺産とも言えるこの鉄工所の村に移り住んで来た職人やデザイナー、アーティストたちは、ここ数年の村の活性化や、新たな雇用の創出に大きな役割を果たしています。たとえば、鉄工所の古い作業場は、今では特殊な木材(フィスカルスの丘の斜面で育った29種類の樹木)を利用する木工所になっています。また、昔ながらの手工業の伝統に従い、作業場では熟練の大工や指物師だけでなく、見習いや実習生も働いています。さらに、長い間使われていなかった古い煉瓦造りの牛小屋も、今では、ロウソク工場になっています。1970年代はじめに建てられた工場には、広々としたアーティストのスタジオや、ガラス吹き作業場、そして、木製ボートを製作する作業場が入っています。村には、デザイン事務所やインテリアデザインの事務所、鍛冶屋、製陶工場、そして小規模な製紙工場もあります。
エマ・アールトネン、手ひねりの陶製花瓶
 職人やデザイナー、アーティストたちが1994年の夏にフィスカルスで最初に開いた展示会は、大きな成果を上げました。参加者たちは、この展示会を通じて一つのコミュニティーになったのです。新生フィスカルスの評判は、古い銅の作業場から、外の世界へと広がりはじめました。以来、その時に展示された作品の多くは、古典とみなされるようになっています。わずか500人のコミュニティーと、30人ほどの出展者が、これほど見ごたえのあるイベントをやってのけたことに、来場者たちの誰もが唖然としました。
広い空間の古い穀物倉庫は明るい格好の展示施設に

 それ以来、このコミュニティーは成長を続け、現在では90人を超えるメンバーを擁する協同組合となりました。1999年、発展を続けるこのコミュニティーには、熟練工や修復師、エナメル・アーティスト、オブジェクトのデザイナー、銀細工師、陶芸家、本屋、宝石屋、機織り職人、ビジュアル・アーティスト、ガラス吹き工、麻専門の微生物学者、フィンランドの伝統的な鞘つきナイフ職人、家具工、鍛冶屋、室内建築士、楽器職人、アーティスト写真家、グラフィック・アーティスト、テキスタイル・アーティスト、インダストリアル・デザイナー、船大工といった人たちが集っています。

もとの学校の校舎と厩、時計塔がフィスカルスの目印。
常設展示「フィスカルス1649 」は1989 年にオープン
した。鉄工の歴史の他、今日のフィスカルス製品ととも
にフィンランドの初期の製鉄についても展示している。
 このコミュニティーは1994年以来、毎年、展示会を開催しています。展示会のテーマは、フィスカルスの自然、自然素材、収納と保存、対話、加工などで、1999年にはフィスカルの聖年が祝われました。コミュニティーには中央事務所があり、書記長もいますし、フィスカルスの特徴的な建造物とも言える時計塔には、ギャラリーショップ “オノマ”もあります。
会員がオーナーになっているオノマ・ギャラリーショップ
この土地のデザイナーや工芸家による作品が売られている
このショップは、売上げを年々伸ばしています。  現在、フィスカルスでは、大きな夏の展示会を二つ開催しています。20世紀初頭に建設された装飾的な穀物倉庫は、展示会場に改装されました。また、フィスカルスのコミュニティーは、自分たちの展示会に加え、その事務所の有能な手腕を利用して、ナショナル・ウッド・イヤー・エキシビション、二年に一度開催される、フィンランドと海外のペーパーアートを集めた大規模な展示会、ならびに、13ヶ国70人の陶芸家の作品を展示する国際的な陶芸展、 “ボーン・イン・クレイ(粘土に生れて)”を開催しています。2001年の陶芸展のテーマは、「金属と子供たち」です。   おおらかな気質のフィスカルスは、常に世界とつながっています。フィスカルスにあるデザイン事務所や作業場は、モスクワにあるフィンランド企業の重役用サウナや、カナダの炭坑用機械、スウェーデンの林業用の道具や機械、そして日本向け家具など、遠方の国々向けにさまざまな製品やデザインを手がけています。  フィスカルスで展示された作品が海外に渡ることも多く、ニースのデザイン展や、ロンドンのバービカンセンターに出展されることもあります。また、フィスカルス・コミュニティーのメンバーたちが、スウェーデンのハーガネス・ミュージアムで展示会を開いたときは、多くの関心が集まりました。スウェーデンのベリスラーゲン地域との交換展示会も実施しており、ブリュッセルの共同展示会には、ベリスラーゲンとフィスカルスが共に出展しています。  このすべては、多くのボランティアたちの努力によって行なわれています。それぞれの展示会プロジェクトでは、そのプロジェクトのための特別チームが編成されます。資金調達はおおむね、チケットの販売か、そのプロジェクトのための特別な財政援助によって賄われており、このコミュニティー自体は、公的資金による年間補助をいっさい受けていません。ボランティアの熱心さはもちろんですが、ここでは当初より、質の高い展示会と製品を実現する、という目標として掲げられてきました。また、最近流行しているネットワーキングも大きな役割を果たしています。一つの団体がデザインやプランニングをし、別の団体が製品を作り、そして共同で経営するショップで販売する、または、インテリア設計士やインテリアデザイナーが、フィスカルでプロとして活動する何人かの作品や製品を組み合わせる、といった共同プロジェクトや共同事業も行なわれています。

古い銅鍛冶小屋は展覧会場とレストランになっている
 展示会は、フィスカルスで行なわれているさまざまな作業や活動の触媒の働きをしている、とも言えます。水準の高い展示が評判を生み、その評判が招き入れた来場者が、コミュニティーのアーティストやデザイナー、職人たちの顧客となっていくのです。また、このすべてが、フィスカルス・コミュニティーに住む多くのメンバーのキャリアに好影響を与えています。現実的な面では、作業スペースや住宅がある、ということも大きな意味を持っています。フィスカルス社は、空き家になっていたり、部分的にしか利用されていなかった建物を改装し、多くの新しい建物と共に、賃貸物件として貸したり、売却したりしています。

事務局
日本フィンランドデザイン協会 (Japan)
東京都港区南麻布3丁目5-39 フィンランドセンター内
連絡先 : 株式会社 GKグラフィックス内
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